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陳情 審査結果一覧

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件名

国会と政府に対して「『空襲被害者等援護法(仮称)』の制定を求める意見書」の提出を求めることについての陳情

受理年月日

受理日:平成27年5月28日

受理番号

陳情27-9 

付託委員会

付託委員会:保健福祉委員会
付託日:平成27年6月2日
審査日:平成27年6月18日

本会議議決結果

議決日:平成27年6月25日
議決結果:不採択(賛成多数)

内容

陳情27−9(写)
   国会と政府に対して「『空襲被害者等援護法(仮称)』の制定を求める意見書」の提出
   を求めることについての陳情
(陳情の趣旨)
1.国会と政府に対して、下記の内容の「空襲被害者等援護法(仮称)」の制定を求める趣旨の意見書を提出して下さい。
                    記
@ 先の大戦における空襲等の被害の全国調査を実施すること
A 空襲等の被害による死亡者に弔慰金、障害者に特別給付金、両親を失った戦争孤児に対して孤児給付金を支給すること
B 空襲等被害による死者に対する追悼碑(刻銘碑)の建立、被害の資料収集・保存・展示をおこなうこと。
(陳情の理由)
 先の大戦において、本区では、10数派、延べ1400機以上の米軍機による空襲を受けました。とりわけ、1945年2月25日の空襲では下谷区内の広範囲の地域で多大な被害を受け、3月4日の谷中空襲では谷中千駄木地区で大きな被害を受けています。さらには3月10日の東京大空襲において本区の大半の地域が烏有に帰しました。
 東京都による戦争被害調査によれば、本区だけでも、死者約1万4800人、負傷者約1万6300人、罹災者約26万4800人という甚大な空襲被害を受けたとされています。
 全国では、空襲や艦砲射撃により、約200都市が被害を受け、犠牲者は約50万人にのぼるなど、焦土と化しました。
 焼夷弾による無差別爆撃により、炎の中を逃げ惑い、家族は生き別れ、黒焦げとなって焼死したり、路上や建物内で折り重なるように窒息死したり、川に飛び込んだものの溺死となるなど、まさにこの世の地獄としかいえない惨状でした。命からがら生き残っても、身体に障害を負い、あるいは家族が犠牲に見舞われたことによる深刻な精神的衝撃が原因となっていまなお心的外傷後ストレス障害に苦しむ人も数多くいます。学童疎開や縁故疎開などで東京での空襲には遭わなかった子どもたちでも、空襲で一家全滅となり戦後は戦災孤児として生きていかなければならなかった人も数え切れません。
 戦争被害者に対する援護措置については、旧軍人軍属等の本人や遺族に対して、また原爆被爆者、シベリア抑留者、中国残留孤児に対して、援護措置は拡大されてきていますが、空襲等による民間人の戦争被害者に対する援護措置については課題は未解決のまま残されています。
 「災害弔慰金の支給等に関する法律」により、暴風雨、地震、津波などの異常な自然災害により犠牲となった人びとに対しては、災害弔慰金、災害障害見舞金や災害援護資金の支給がなされています。
 国策による戦争遂行の過程で、人為によって被害に遭われた人びとに対する援護措置がなされていないことは、自然災害の被災者の救済措置に比しても著しく均衡を欠き、人道上からも大きな問題があるといわなければなりません。
 東京大空襲訴訟では、最高裁において原告の請求が棄却されたものの、東京地裁、東京高裁の判決のなかで示された、空襲被害者に対する援護措置が「国会が立法を通じて解決すべき問題である」との判断は残されており、司法判断として国会に問題が投げかけられているとみるべきです。
 空襲犠牲者の多くが非常に高齢化している厳しい現状を鑑みたとき、空襲等で被害に遭われた戦争被害者に対して、旧軍人軍属等に対する援護措置と同等な援護法を制定することは、もはや一刻の猶予もない急務となっています。
 本区は、1961年に「台東区平和宣言」をおこない、さらに戦後50年の節目である1995年には、世界の恒久平和を願い「台東区平和都市」を宣言しました。
 本区が、先の戦争において、全国でも最も多大な空襲被害を受けた自治体であるという歴史的な事実を踏まえ、戦後70年の節目にあたり、「平和都市」としての責務を果たしていただきたいと心から願うものです。
 よって国会と政府に対して、空襲被害者等の援護のための法整備をおこなうように求める趣旨の意見書を、地方自治法第99条の規定にもとづいて提出していただけますようにお願い申し上げます。
  平成27年5月28日

台東区議会議長
   太 田 雅 久 殿

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